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淡雪記・春闇(後)





ルキアの荒い息遣いが、次第に甘い喘ぎに変わってゆく。
ギンはそれに満足したように薄く笑うと、指をルキアの下着の中へ忍び込ませた。
「やっ…やめっ…」
しっとりと濡れた襞をまさぐると、ルキアの白い体が痙攣するようにびくりと震えた。
敏感なところへ指を当てて、いたぶるように弄ぶ。ねっちりとした粘液が、ギンの指に絡みつく。
静かな部屋に、卑しい水音がひそりと響く。
その音が、一つ、また一つとルキアの羞恥の幕を剥ぎ取ってゆく。








ルキアは綺麗だ。
上気した頬と、唾液に濡れる唇がなまめかしい。
白い肌に汗が浮かび、黒髪が乱れるさまは、島原の太夫でも敵わないだろう。
それでいて、紫紺の瞳だけはまだ抵抗の色を捨てきれていないのだから、嫌が応にもギンの嗜虐をそそってしまう。
この綺麗な体を汚すのだ、と思った瞬間、先走ったものがとろりと股の間から溢れ、ギンは自分の浅ましさに思わず苦笑した。




ルキアの体が小刻みに震え出し、限界が近いことを知らせる。
ギンは自分の下着から性器を抜き出すと、既に解されてしまったルキアの襞に、ぬるりと押し当てた。
ひゅ、と息を吸い、ルキアが何かを乞うように濡れた瞳で見上げる。―これを、官能ではなく何と言うだろう。
ぞくりと粟立つのを感じながら、ギンはゆっくりと腰を沈めた。
「や…あ、あ、あっっ」
太い熱の塊が、ずくりずくりと割って入る。
交わっている部分で、互いの体がどくどくと脈打つのが分かる。思わず上ずった声を出しそうになり、ルキアは慌てて下唇を噛んだ。
「んん…っ」
「声を聞かせてや」
息だけで笑い、からかうように言うと、ギンはゆっくりと律動し始めた。
「あ…あぁぁっ」
体中がかっと熱くなる。何もかも溶けてしまいそうだ。
僅かばかりの理性をつなぎとめるように、手足でギンの体にしがみつく。
が、そのために交わりが一層深くなり、硬い屹立がルキアの奥を突いた。
「は…あぁんっ」
「ええ声や」
かすれた声が耳元を撫でるだけで、官能がぞくぞくと襲ってくる。
互いの粘液が混ざり合い、ぐちゅぐちゅと淫らな音を立て続ける。
そうしながら、ギンの舌は執拗にルキアを求め、唇を、耳朶を、鎖骨を、侵食するように舐めまわす。
乱れる息の合間に、漏れる言葉を抑えることができない。
「―るきあちゃん、るきあ、るきあ、るきあ」








体をつなぐことで、心がつながるなどと馬鹿なことは思わない。
だが―
ルキアは自分の意志でここへ来た。
だから、自分の意志で、出て行くこともできる。
あのときのように、毅然とした瞳を、真っ直ぐにギンへ向けて。
いつかその日が来るのか―




「その日」を考えるたび、ギンは人知れず、焦燥に駆られてしまう。
だから、抱く。せりあがる不安を、抱くことでしか紛らせずにいる。
いつからこんなにも溺れてしまったのかは、分からない。
だが考えてみれば、初めて見かけたあの日から、全ては始まっていたのだ。




聡明な娘だ。
こうして少しずつ傾きつつある心も、この娘はとうにお見通しなのだろう。








「あ…ギ、ギンっ・・・もう…っ」
ルキアが、子どものようにふるふると首を振る。ギンももう限界だった。
何も考えられなくなったまま、到達を求めて揺すりあげる。ルキアが、ひときわ甲高い嬌声を上げる。
「あ、あぁぁ…んっ」
意識が途切れそうになる中、ルキアは消え入りそうに小さな声を聞いた。




「いかんといて」




達してしまう間際に、何を言っているのか―と思いかけて、ルキアはふっと気づいた。
行くな、と言っているのだ。
行くな、離れずに側に居てくれ、と言っているのだ、この男は。







汗ばんだ広い背中を、強く抱きしめる。
この声も、息遣いも、指先も、いつかこの身に分かちがたく馴染んでしまうのだろう。



―そう。
春先に地表を覆い、大地を濡らし、季節の兆しを告げる、あの淡い雪のように。














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