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淡雪記・春闇(前)





祗園の茶屋を出て、家に着く頃には夜になっていた。
薄暗い玄関に男達の雪駄や草履はなく、ルキアの黒塗りの下駄だけがちんまりと揃えてある。鼻緒の紅さが気に入って、ギンが贈ったものだ。




ぎし、と階段をきしませて二階へ上がる。
明かりは持っていなかったが、二階の廊下は思ったより明るかった。窓から月の光が入っている。
今日は満月、と言っていた芸妓の声を、ギンはぼんやりと思い出した。



二階には部屋が二つある。
手前がギンの部屋、奥がルキアの部屋。ということになっているが、ギンはほとんどルキアの部屋に入り浸っているので、区別はあまり意味がない。
奥の部屋に、明かりは点いていなかった。少しだけ開いている障子から、畳の上にだらりと伸びたルキアの足が見えて、ひやりとする。
そっと部屋に入り、傍らから覗き込むと、単衣をまとっただけのルキアは、座布団を枕にしてすうすうと寝息を立てていた。
ふ、と一息吐いて、足元に腰を下ろす。夜になっても、梅の香りが家中に漂っていた。




ルキアの病は、京へ来てから随分と良くなった。
けれども、やはり体力が戻らないのか疲れやすいようで、時々部屋で横になっている。
今日は手下たちに指示を出した後、湯浴みをして、疲れてそのまま寝てしまったのだろう。








はじめは、興味本位だった。
千斗町の店で酒を飲んでいたとき、通りを駕籠で行くルキアを見かけた。
いかにも箱入り娘といった佇まいなのに、意思の強そうな瞳が裏腹で面白く、興味を引かれて江戸まで行った。
手元に置いておけば面白いかもしれない、という程度の興味だった。
飽きたら捨てればいい。いつだってそうしてきた。




それがどうだ。
ギンの生活はルキアを軸に、急に折り目正しく、忙しいものになった。
ヘマをしないよう、手下たちの動きに目を光らせる。
ルキアの病に効きそうな薬を、長崎から取り寄せる。
ルキアが季節を教えてくれる。だから、木々や空を眺める。
そもそも毎晩、家に帰ること自体がギンにとっては珍しい。自分でも、思ってもみない律儀さだった。
今日も、近江屋が茶屋で遊ぶと聞いたので、隣の部屋に居座って動きを見張っていたのだ。
近江屋が企てに気づいた様子はない。ルキアに危険が及ぶことはないだろう。












開け放った窓から、月の光が差していた。
青白い光はルキアの体を照らし、白い肌そのものがぼんやりと光を放っているようだ。
夜の陰影のせいで、細い手足が一層細く人形じみて見える。
ギンはざわりと波立つ想いに突き動かされるまま、手を伸ばした。




そっと足の先を手に取り、華奢な小指を口に含む。
唇に骨の感触が伝わって、この作り物のような手足は、確かにこの娘の体の一部なのだ、と安堵する。
そのまま舌を這わせて、指の股をぬるりと舐める。ぴくり、と足先が震えるのを無視して、そのまま薬指も口に含む。
指の腹を舌先で撫でていると、
「…何をしている」
頭上から、不満げな声が聞こえた。
「あら。起こしてしもうた?」
ルキアがゆっくりと上体を起こす。
「何をしておるのだ」
中指をぷちゅりと舐めながら、ギンは答えた。
「足先からなら、ルキアちゃんを丸呑みできるかなと思うて」
ぐ、とルキアが足を引くが、ギンが足首を握って放さない。
「止めろ」
ギンが放すはずがない。
それでも振りほどこうと足をばたつかせた瞬間、ルキアの単衣の裾がぱさりとはだけた。両足が、付け根近くまであらわになる。



しまった、と思った時には遅かった。
するりとギンの手が内腿に伸び、膝を割られ、覆いかぶさる。
空色の目が見下ろしている、と思った刹那、
「―なら、頭から丸呑みしよ」
息をする間も与えず、噛み付くように、深い口付けがルキアを襲った。




「―っん」
逃れようとするルキアの頭を押さえ込み、歯列の間に舌を挿し入れる。
温かな肉感が、舌を、口蓋を容赦なくかき混ぜる。口の中を蹂躙される感覚に、ルキアは堪らず、くぐもった悲鳴を上げた。



激しく唇を重ねたまま、ギンの手が単衣の合わせ目へと滑る。
容易く手のひらに収まってしまう柔らかな膨らみを、じっとりと愛撫する。薄い皮膚の下で、心の臓がどくどくと早鐘のように脈打っている。
桃色の先端を指先で摘み上げたとき、
「や…あ…」
ようやく、ルキアが小さな呻き声を上げた。
溢れた二人の唾液が、ルキアの頬をつたう。それを舌先で辿り、そのまま細い首筋に舌を這わせる。
「っあ…」
甘い声が耳元で響く。それを合図のように、痺れるような衝動がギンの全身を駆け巡った。













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