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淡雪記11





しばらく後―



玄関の前で待ち構えていた修兵を見ても、阿近は顔色ひとつ変えなかった。
座り込んでわらじを履くその顔は、来たとき以上に、不機嫌さが増している。
「おい」
声を掛けても、見向きもせず、腰を上げてすたすたと通り過ぎていく。臙脂色の空を、烏の群れが帰ってゆく。
そのまま門を出て行くか、と思った時、阿近がふと足を止めて振り向いた。
怪訝な顔を浮かべると、探るように遠い目をする。
「どうした?」
修兵の問いには答えず、くん、と鼻を鳴らす。
「どうしたんだよ」
「―何か、臭わねぇか?」
「…そう言われれば…」
修兵も、鼻をひくつかせて辺りを見渡す。
風に乗って、いつもとは違う匂いが微かに漂ってきた。粉っぽい、くぐもった匂い―



「何か、焦げ臭いな」



と修兵が言ったのと、ぱち、と物がはぜる音が聞こえたのは、ほぼ同時だった。










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