御題目次

寛大なる君よ





玄関で靴を脱ぐと出迎えた父親の冗談に笑顔で応え、末の妹とただいまの挨拶を交わし、軽い足取りで階段を上がり、一護の部屋の扉を開ける。手に提げたかばんの中には教科書とノート。筆箱がかたかたと音を立てる。学生鞄の持ち手で揺れるチャッピーの根付は、現世に来る際にもらったものだ。
いつもと変わらない風景だが、今日は少しだけ、違うところがある。




いつもよりずっと、帰宅の時間が遅いこと。
そしてルキアの隣に一護がおらず、一人で帰ってきたこと。







先に帰っていた一護は机に向かい、何やら教科書を広げていた。そういえば今日は数学の宿題が出ていた。あとで一護に教えてもらわねばならんな、といくつかの図形や数式が頭の隅をよぎる。新しいことを覚えるのは嫌いではないし、ただの記号の列が意味あるものとして解けてゆく感覚は、いつの頃からかとても愉快なものになっていた。ルキアが現世の学業を飲み込むのに、そう時間はかからなかった。
「えらく遅いじゃねぇか」
一護は振り向くと、口を開くなり悪態をついた。夕日の映った窓を背にしているためその表情は分からないが、一護の声は明らかに不機嫌だ。
「うむ、ちょっとな」
その不機嫌に気づかないフリをし、何食わぬ顔で目の前を横切るとベッドの上にすとんと腰を下ろす。ぶらぶらと両足を揺らしながら、床の一点を見つめた。
「あんまフラフラ歩くなよ、てめぇすぐに道に迷…」





一護の言葉が止まった。







ルキアの通った跡に、僅かに香る香水。
この男なら知っているはずだ。



この香りが、小島水色のものであることを。










たちまち一護の視線が厳しくなり、眉間に深い皺が刻まれる。
「どこ、行ってた?」
「ちょっとな、遊んできたのだ」
その皺を見ながら、口元だけで笑う。かちりと視線が絡み合い、互いの探るような視線を受け容れる。いたたまれず、先に視線を外したのは一護の方だった。
「…遊ぶ所が見つかったんなら結構なこった」
きぃ、と音を立てて椅子を回すと、ルキアに背を向けて再び机に向かう。
広げられた教科書は数学だろうか。ぱらぱらとページをめくり熱心に目を通しているが、全く進んでいないことくらいお見通しだ。






夕日がゆっくりと沈んでいく。こうしている間にも刻々とその色を変え、全てを赤銅色に染め、街並みの間に消えてゆく。夕日に染められ、燃えるような色をした一護の髪をルキアはじっと見つめる。












寛大なる君よ
優しく、物分りの良すぎる君よ







私は時折そんな君が
たまらなく口惜しく











そして少しだけ










嫌いだ













初イチルキ。と見せつつ実は水ルキ??一護は優しすぎて、時に苛々します。

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