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イケ☆パラ第4話〜保健室〜





保健室のドアは、少しだけ開いていた。しかしコンコン、とノックしても、中から返事はない。
ルキアはそろりと、中に入った。
「あの…」
消毒液の匂いが漂う室内は、がらんとしていた。ベッドは一つだけカーテンが閉められているので、誰かが寝ているのかもしれない。
「1年の朽木です…御用があるとのことで、来たのですが…」
誰も、いないのだろうか。出直そうとしたその時、


ガララ、がちゃ。


不意にドアが閉まり、鍵のかかる音がした。振り返ると、ドアの所に、いつの間にか長身の男が立っている。
「ひっ!」
「そんな驚かんでもええやないの」
男は口の端だけで皮肉るように笑い、音も立てずに近づいてきた。
警戒して後ずさったルキアは、その時ようやく、男が白衣を着ていることに気が付いた。
尋ねてきた当の相手、保健教諭の市丸ギンだ。
「あの、御用とは…」
「これ」
そう言ってギンがルキアの目の前に出したのは、入学時に提出した、健康診断書だった。
「偽造やね」
「…っ!」
「あかんなぁ、こういうことしたら」
「偽造ではありません!ちゃんと、医師に書いてもらって…」
「まぁ、さすが副理事長の妹さんやねぇ。偽造にしても、よう出来とるわ。お抱えのお医者さんでもいてはるの?」
診断書をひらひらと、ルキアの目の前でもてあそぶ。
口元は相変わらず笑っていても、糸のように細い目は笑っていなかった。




ルキアの無言を、肯定と受け取ったのだろう。ギンはずいと顔を近づけて、畳み掛けた。
「なんで女の子がここにおるん?」
ルキアは身を固くし、俯いて黙り込んだ。
「ええよ、答えんでも。その代わり―」
期待を込めて顔を上げたルキアに、ギンは人差し指を向けた。
「一日一回は、保健室に来ること」
「えええ!?」
「そりゃぁ、心配やないの。こーんなむさ苦しい所に、ルキア“君”みたいな可愛い子がおるなんて」
「しかし―」
ぐ、とギンが顔を近づける。間近で覗き込まれて、ルキアは思わずのけ反った。
「もし、顔出さへんかったらどうなるか、分かってるやろね?」
ルキアはごくり、と唾を飲み込んだ。ギンの口元が、笑っていない。
「…はい…市丸先生…」
「ん、ええ返事や」
ギンの手が、ぽんぽんとルキアの頭を撫でる。それを避けるように、ルキアは身をひるがえした。
「でっ、では、失礼しますっ」
「そんな警戒せんくてもええよ。僕、男色の趣味はないし」
早足でドアへ向かうルキアの背に、からかうような鷹揚な声が伸びる。
「ああ、でも」




「―?」
ドアの所で振り返ったルキアに、不気味な保健教諭は満面の笑みを浮かべて見せた。




「もし万が一、ルキア“君”が女の子なら、気を付けたほうがええかもねぇ」
赴任して約1年。 不毛だ、退屈だ、とこぼしていたギンの教師生活が、バラ色になった瞬間だった。










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