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さくら 〜白ルキ編





朽木家の屋敷の一角に、一本の桜の大木がある。樹齢数百年を超えるそれは、毎年春になると溜息の出るような花を咲かせ、眺める人をうっとりと楽しませた。

その桜が、今年も見事に咲いた。


ルキアは、養子に来た頃からこの桜が好きだった。
春の訪れを告げ、華やかに咲いては忙しく散っていく様は、過ぎ去った様々なことを思い出させた。―嬉しいことも、悲しいことも。




今日も、ルキアはこの桜を眺めていた。
咲きほころんだ花弁は散る時期を迎え、ほんの少し風に揺られるだけで、こぼれるように花びらを降らせる。ルキアは大木の下で、薄紅色の欠片を小さな体に浴びながら、静かに立っていた。






ざり、と背後で砂を踏む音がした。
振り向くと、白皙の義兄が立っていた。

「兄様」
「何をしている」
「桜が散るのを見ていました」
ルキアは視線を桜に戻すと、天空を覆うように伸びる枝を振り仰いだ。枝は風でざわめき、視界が桜色に染まる。







ルキアは、白哉の卍解を受けたことがない。
傍らで見ていた自分には分からないが、義兄のその刃が舞う姿は正に名の通り、桜が風に散る様に似ていると言う。



―ならば。



もし本当にそうならば。



「兄様の卍解は、きっと、とても美しいのでしょうね」
そう。美しく、激しく、そして哀しいのだろう。この桜吹雪のように。









義妹の無邪気な言葉に、白哉はしばらく言葉をなくした。
一族の掟と妻との約束の間で煩悶することは、己の身に千本の刃の切っ先が向けられているも同然だった。
動けば斬られる。
しかし刃を握っているのもまた己自身で、動かねば斬られるのも目に見えていた。じりじりとなす術もなく消耗していく中で勃発したのが、あの旅禍騒動だった。









白哉は静かに足を踏み出した。
そのわずかな空気の揺らぎでも、降り積もった花弁は儚げに煽られ、地表を舞う。
隣に並んだ義兄を、ルキアは微笑みとともに見上げた。


「にいさま」


その短い言葉に滲む感情が、以前とは違うものになった―
そう感じるのは、自惚れだろうか。




漆黒の髪、白磁の肌、細い肩―
薄紅色の花弁は、小さな体を侵食するかのように積もっては、風に揺られて地に落ちる。不意に不快な思いに襲われた白哉は、右手でそっとルキアの頬にかかる花弁を払った。



ルキアが頬を染め、はにかみながら目を伏せた。
僅かに触れた指先が、ちりりと熱をもつ。



「―美しい」
「はい、本当に」




ルキアは咲き初めた花のように笑うと、再び桜色の天空を仰ぐ。
白哉はその横顔を見つめ続ける。



家の掟を破ったことの代償がこの笑顔とするならば、なんと大きな対価だろう。









薄紅色の花弁は、二人に淡くふり注ぐ。











護らなければならない。






死ガ二人ヲ分カツマデ。






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