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やけっぱちギンルキその3





〜ヒトリゴト〜


彼女を、見ていた。

隊舎の屋根に座って、眼下の石畳を行く、彼女を見ていた。
小柄な彼女は、書類の束を抱えて、小走りに駆け抜けて行く。

―そーんなに慌ててると、

ばさ、と派手な音を立てて、彼女は前のめりにつまづいた。

―あぁ、ほら。

抱えていた書類が、辺り一面に散らばる。
真っ白な紙と、黒ずくめの彼女の姿は、
遠目に見ているとまるでそこだけ雪が降ったようで、

―綺麗やったなぁ。

と、一度だけ見たことのある、彼女の始解を思い出してみたりする。

書類を抱えなおした彼女は、そんな感傷に気づくこともなく、
また、小走りに去って行く。


小さな後姿を見送って、ギンは石畳の上にふわりと降りた。
彼女がつまづいた場所には、小さな石の塊がひとつ。

―こんなもんにまでつまづくなんてなぁ。

「衝」
そして短く詠唱すると、石の塊を粉々に砕いた。


ぶすぶすと煙を上げる石畳を見ながら、ギンはふと、笑いがこみ上げてきた。
「…可笑し」


嗚呼なんて可笑しいこと



君をひざまずかせてしまう
この地面までが憎いなんて






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