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名も無き哀歌・参





あのひとの周りに今日も漣が立つ


彼女はいつも、前を真っ直ぐに見つめて歩く
その目に一体何が見えているのか
真っ直ぐに、迷うことなく ただ前を向いて歩く


その姿は 例えば岸壁に咲く花 砂中の宝玉 山の頂に残る新雪
美しく、崇高で、気高く、遥か遠い、孤独な魂
焦がれずには居られない しかし
手に入れようと望めば命を落とす
稀有の存在


僕は そんな彼女を見ているのが この上なく 好きだ


誰かの手があのひとの肩に置かれる あの人の頭を撫でる 頬に触れる


ああ触れるな
花が萎れるように 宝玉が埋もれるように 新雪が穢されるように
あの女の纏う空気が乱される


あのひとが困惑する 照れる 焦る 悲しむ 怒る


ああいけない
あのひとの澄み切った、凛とした空気が、風に煽られた漣のように揺れる
ゆらりゆらりと揺らぐ彼女は あまりに不安げで
そして壊れそうなほど頼りない


ルキア ルキア 僕の偶像 僕の全て

許されるものならば 許しを乞えるものならば
僕が貴女を護ろう
貴女を揺さぶる全てのものから
貴女を惑わすあらゆる障害から
この身 この力 手に入れた全てを投げうってでも


雨が 雨が 僕をうつ
少しでも ほんの少しでも
貴女を護りたいと願う僕の想いを 貴女が知る日は来るのだろうか
今はまだ 弱く脆いこの両腕を 貴女に差し伸べる日が
その手を貴女が握り返す日が いつか来るはずだと
僕は この雨の中 ひとり佇み 涙を流す


あぁだけど
僕の偶像であるあの人の周りに、今日も不快な漣が立つ



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