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名も無き哀歌・弐





青空に吸い込まれるように、彼女の声が響く


彼女を囲むたくさんの人たち
彼女を呼ぶたくさんの声
僕よりもずっと小さな彼女は、僕よりもずっとたくさんの人に囲まれている


だけど きっと誰も知らないだろう
彼女の声がどんなに繊細なのか


その声はとても静かで 強くて 澄み切って 落ち着いていて
  優しくて 柔らかくて 儚くて
  そして時折、居たたまれないくらい甘くて


ざわめきの中、彼女の声だけに耳を澄ます
彼女の発するひと言ひと声をなぞる
いつの間にかそんなことまでできるようになった
どんな喧騒の中でも彼女の声だけは見失わないようになった


だって仕方ないじゃないか
彼女の声が僕を捕らえるのだから
その力に抗えるとでも思うのかい?


だけど どうしてだろう
どうしてこんなに苦しいのだろう


近づくことは簡単だ
そのための理由なんて、いくらでも思いつく
彼女の傍に行くことも簡単だ
それができるくらいの親しさはあるだろう?
見つめることはもっと簡単だ
誰も、僕のこの目をふさぐことはできないのだから


だけど僕はそれもできず
ただ 彼女の声を逃すまいと耳を澄ますだけ


たったそれだけ それだけなのに
僕はどうしてこんなに苦しいのだろう



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