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こんにちは、赤ちゃん。前編





※捏造設定を含みます。OKな方のみご覧下さい。












100年前、技術開発局―


ばったん、と勢いよく局長室の扉を開けると、浦原喜助は大きな荷物を抱えたまま、部屋の奥へと進んだ。
「ただ今戻りましたーっと」
誰にともなく言うと、自分の机に向かう。
局長室では、数人の研究員たちが、培養装置や試験管の前で作業をしていた。
けれど上下関係に興味のないここの住人たちは、局長である浦原が戻ってきても、自分の作業をやめたりはしない。寄って来たのは、副隊長である猿柿ひよ里だけだ。


ひよ里に目だけで会釈すると、浦原は抱えていた大量の実験サンプルを机の上に置いた。そして最後にそっと大事そうに、見慣れない布の塊を置く。覗き込んだひよ里に、浦原は小さな声で言った。
「あぁこれ、お土産です」
「…何やコレ」
まっさらな布の塊の中には、柔らかくて丸くて小さな生き物―




赤ん坊。




「何って、赤ちゃんですよ」
「そんなん、見れば分かるわタコっ!」
ひよ里の大声に、辺りの者が一斉に振り返った。そして次々と集まってきては、何を持ってきたのかと赤ん坊を覗き込む。
「こんなん拾うて来て、どうする気や!」
「いやぁ、泣いてるところに通りがかったんですけどね、可愛かったもんで」
「可愛かったって!犬猫とちゃうねんぞ!」
その怒鳴り声に驚いて、赤ん坊がぱちりと両目を開いた。澄んだすみれ色の瞳が、くりくりと辺りを見渡す。その途端、マユリがぐいと周りを押しのけて赤ん坊に顔を近づけた。
「フム、紫の眼球とは珍しいネ。サンプルにしてやろう。えぐってもいいカネ?」
「あかんあかん!えぐるて!何考えてるんや!」
マユリの異形に驚いたのか、生命の危機を感じたのか。おそらくその両方で、赤ん坊は急に顔を真っ赤にすると、ふぎゃああと声を上げて泣き出した。
「ひ、ひよ里サン!小さいとは言え、女性でしょ」
「なっ、ちょっ、どないすんねん!」
力一杯に泣く赤ん坊が、ひよ里の腕の中に押し付けられる。慌てたひよ里がなんとか揺すってみても、赤ん坊が泣き止む気配は少しもない。
そしてにっちもさっちも行かなくなったひよ里の標的は、少し離れた所で自分の作業に没頭していた、一人の少年に向けられた。
「阿近!ちょっとお前、抱っこしてみい!」
「え」
阿近が振り向くと同時に、白衣の両腕に、赤ん坊が無理矢理押し付けられる。
と、その途端―
不思議なことに、赤ん坊はぴたりと泣き止んだ。そして、あろうことか、そのままうとうとと眠り始めたのだ。
「…あらら」
「何でお前だと泣き止むんや」
「知らん」


目の端に涙をためたままの赤ん坊の寝顔を、浦原とひよ里が覗き込む。解剖できないと分かって興味を失ったのか、マユリの姿は既になかった。
「名前とか、付けたらんとあかんのちゃうか?」
「ああそれなら、大丈夫ですよ。ほら」
浦原が赤ん坊の着物の裾をめくると、真っ白な産着に「ルキア」と小さく文字が書かれていた。
「えらい洒落込んだ名前やなぁ」
「綺麗な名前じゃないっスか」
「…俺は、いつまでこうしてればいいんですか」
しかめ面のまま阿近が尋ねると、浦原は眉を八の字にしてへらりと笑った。
「しばらく、お願いします。阿近さん」
「しばらくって…」
しばらくですよ、と言って浦原は阿近の頭をぽんと撫でた。嫌な予感がする…と思った阿近の頭脳は、間違ってはいない。
剣呑に見下ろす腕の中で、赤ん坊のルキアは、すやすやと寝息を立てたままだった。








ルキアは、よく眠る静かな赤ん坊だった。
一定の間隔で飲み物を与え、おむつを替えてあげれば、あとはぐっすりと眠っていた。起きていても、一人できょろきょろと辺りを見回して過ごしている。
培養室で育てている虫たちと大して変わらないな、と阿近は思った。事実、虫を育てるのと同じくらいの手間しかかかっていなかった。―この頃までは。



その翌日。
阿近が実験台の上に赤ん坊を乗せたまま資料を取りにいき、戻ってくると、赤ん坊をじっと見つめる浦原の姿があった。
自分が戻ってきたことには気づいているだろう。浦原の傍らに足を運ぶと、阿近はそっと尋ねた。
「…本当はどうする気だったんですか?」
「別に、どうする気もないっスよ」
いたずらが見つかった子どものように、浦原は困った笑いを浮かべた。
「放っておいたら、この子は殺されるか死ぬかでしょう?」
浦原が指先で頬をつつくと、眠っているルキアがほんのりと微笑む。浦原の顔が、ふっと柔らかく緩む。
「…アタシたちはこれから先、たくさんの死を見ることになります。その一つくらい助けても、罰は当たらないでしょ」
阿近は浦原を見上げた。低い、声だった。目が笑っていなかった。
自分の知らないことを、この人はたくさん知っている。それが分かるから、阿近は、この男の下に就くことに決めたのだ。
「それにこの子は少し霊力があるから、いつか私たちの仲間になってくれるかもしれない」


少し間があって、浦原はことさらに明るい声を出して笑った。
「なーんてね。ただの気まぐれっスよ」
見上げたままの頭に、大きな手が、ぽす、と乗せられる。
「ありがとうございます、阿近さん」
「何が―」
最後まで問う前に、浦原の手は離れた。「何が」ともう一度阿近が問う前に、ひらりと白衣をなびかせて、浦原は実験室を出て行った。赤ん坊はやはり、眠ったままだった。










こうだったらいいのにな♪という妄想のみの文章です。原作で、これとは違うルキアの生い立ちが語られた場合は、恥ずかしいので削除します!

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