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ろくでなしの言い分





カララ、と入り口の戸が開く音がする。
「いらっしゃいませ」とテッサイの太い声。
「邪魔するぞ」と、彼女の静かな声。
「一護の奴が、家族と旅行に行ってしまってな」と申し訳なさそうな声が続く。
「それはそれは。ぜひお泊りください」
テッサイの声が、少し、弾んだ。



とんとんとん、と軽い足取りが近づく。部屋の入り口に背を向けたままその音を聞いていると、足音は部屋の前で止まり、すらりと障子が開いた。
「浦原、すまぬが訳あって今日だけ宿を借りるぞ」
「えぇどうぞー」
少しだけ振り返り、いつものように愛想よく答える。
顔が引きつったことに、気付かれなかっただろうか。




それから、古びた一軒家はにわかに賑やかになった。
「む、ジンタ。それは何だ?」
「え?なんだ知らねーのかよ。プレステだよプレステ」
「ぷれすて?」
「テレビゲームだよ」
「てれびげーむ…雨、おぬしもするのか?」
壁際で体育座りをしていた雨が、こくりと頷く。テレビの前に陣取っていたジンタが、ルキアの方を面倒そうに見やると、黒い物体を投げてよこした。
「教えてやるよ、ほら」
「こ、これは?」
「コントローラー」
「む???」
「いーから、ほら始まるぜネーチャン」
「ちょ、ちょっと待てどうするのだこれは!?」
慌ててテレビの前に正座したルキアは、コントローラーを握ったまま固まってしまった。そうしているうちにゲームは始まり、派手な音楽とともに画面はどんどん動き出す。
3人の麦茶を持ってきたテッサイが、その姿を見て目を丸くした。
「これは朽木殿。テレビゲームもたしなまれるのですか」
「いいや初めてなのだ!何だこれは、どうしたらよいのだ!」
「イエーイ!余裕で俺の勝ちだな!」
二人の姿を交互に見比べていたテッサイは、ちゃぶ台の上に麦茶を置くと、ルキアの隣に正座した。
「僭越ながら不肖テッサイ、朽木殿に加勢いたしましょう」
「あー!なんだよ、ずりぃよ!テッサイ!!」
「テッサイ、おぬしこれができるのか」
「たしなむ程度ですが」
「嘘つけ!俺よりずっと上のレベルをクリアしたくせに!!卑怯だ!!」
「…ジンタ君の方が卑怯…」








わぁわぁと騒ぐ声を離れた部屋で聞きながら、浦原の気分は静かに沈んでいた。
同じ屋根の下にありがなら、ここだけが音もなく、日の射さない深海のようだった。




「浦原!浦原!」
ばたばたと足音が近付いたかと思うと、すぱーんと勢いよく障子が開く。視線をやれば、ルキアが戸口に仁王立ちになっている。
「浦原!指の連結が悪くて操作ができぬ!どうにかしてくれ!」
華奢な指が自分の肩に触れようとした刹那―
浦原は手にしていた扇子でぱしりと払った。
「触らないで下さい」
驚いたルキアは、払われた手をもう一方の手で握り締めたまま、立ちすくんでいる。
「アタシは、貴女のお遊びに付き合っている暇はないんです」
帽子の影から冷たく言い放つと、浦原はくるりと背を向けた。
いつの間にかルキアの背後にはジンタと雨が立っており、ジンタは眉間に皺を、雨は八の字眉毛をさらに八の字にして、二人とも明らかに納得のいかない表情だ。
「ひっでー店長…」
「かわいそう…」
そんな幼い呟きを聞き流すように、浦原はすたすたと部屋を後にした。








家人が寝静まった頃に、浦原は部屋へと戻った。
自室に小さな霊圧が息づいていることは分かっている。
起こさないようにそっと、文机の上の電気スタンドにスイッチを入れる。
折りたたんだ座布団を枕にして、無防備に、ルキアが寝ていた。




薄明かりに照らされたその小さな顔は、自分がこの手で作り出したものだ。
だが魂が宿った瞬間から、その作品はどんどんと浦原の手を離れ、今ではもう自分が作ったと言葉にすることすら躊躇われた。
目の前にいるのは、かつて自分の手の中にあったはずのただの容れ物ではなく、全く新しい生き物。
それは、大きな誤算だった。




浦原は傍らに膝を付くと、ぼんやりと照らされた顔を覗き込んだ。
「ねぇ朽木サン、起きて下さい」
長い睫毛はしっかりと下ろされ、紫紺の瞳は瞼の裏に隠されたまま。小さな口からは静かな静かな寝息が漏れる。
「起きて下さい、朽木サン」



胡坐をかいたまま、作り主は力なくうな垂れる。
「お願いですから、アタシにそんな顔を見せないで下さい…」







アタシに気を許しちゃいけません。
貴女はいつもぞんざいに、アタシの差し出す手を払わなくちゃいけない。
強い言葉でアタシを遠ざけなくちゃいけない。
疑いの視線でアタシを責めなくちゃいけない。



そうでなければ。
そうしてくれないと。
「困るんスよ、アタシが―」







流れる髪をすくい、そっと口付ける。
「ねぇ、朽木サン。起きてくださいよ」






こんなに簡単に触れることができたら、アタシは貴女を手放せなくなる。
忘れることができなくなる。




「朽木サン、起きて下さいってば」
懇願する囁きは、部屋を抜ける風とともに、夏の闇に吸い込まれる。
ゆっくりと帽子に手をやり、脱ごうとして躊躇った浦原は、うつむくと深く被り直した。
ルキアはまるで浦原の存在などそこに無いかのように眠り続ける。
「朽木サン―」








今更どうして言えるだろう。
触れることに怯えているなんて。








火傷しているのは、自分の方だなんて。










浦原出てこーい!!


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