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聞かせてくれないか君の話を





その日は、朝から凍て付くような寒さだった。
ようやく決心して布団から起き出し雨乾堂の障子戸を開けると、辺りは一面の銀世界だった。寒いはずである。一夜にして降り積もった雪は風景の奥行きを消し、見慣れた庭もいつもとは違う景色に見える。しかし朝日を受けてちらちらと光る様は美しいが、その寒さは浮竹にとっては良いものではない。寒さは病弱な身体を蝕む。


再び布団の中に潜り込むと、渡り廊下から自室に近づいてくる足音が聞こえた。静かな、軽やかな足音。その音を聞いただけで、自分でもそれと知らぬうちに浮竹の頬は緩む。きっと足音の主は庭の雪を眺めているだろう、そしてその眩しさに目を細めているに違いない。吐く息はさぞや白いことだろう。指先は冷えていないだろうか。そこまで考えて、足音が入り口の前で止まったことに気づくと慌てて表情を戻す。
「おはようございます、浮竹隊長。お薬をお持ちしました」
障子がすらりと開くと、朽木ルキアが薬と湯飲みの乗った盆を持ち、入ってきた。浮竹はゆっくりと身体を起こす。
「おはよう、朽木」
「お加減はいかがですか?」
「悪くないよ」
幾つかの錠剤と粉薬を、手渡された白湯で嚥下する。温かい液体が身体の中に降りてゆくのを感じる。
「隊のみんなはどうしている?」
「つつがなく隊務を行っております」
「そうか」


しばし、間があった。何か話をせねば、とルキアが考えを巡らせているのが、その目の動きで分かった。
「そう、昨日、焼き芋をしました」
「ほう」
「隊舎の庭に落ち葉がたくさんありましたので、みんなで燃やして焼き芋をしました」
そこまで言うと、ルキアは何を思い出したのかくすくすと笑い始めた。
「仙太郎殿と清音殿が芋の大きさで喧嘩してしまいまして…随分長いこと言い合っていたのですけど、その間に二人とも…芋が黒焦げになって」
耐え切れないといった様子で吹き出す。きっと、この小さな頭の中にはその様子が浮かんでいるのだろう。喧嘩する二人の横で、ルキアは目に涙を浮かべて笑っていたに違いない。
「相変わらずだな、あの二人は」
その様を思い浮かべて、浮竹の顔もほころぶ。


「あ」
と言うや否や、ルキアは今度はぴりぴりとした表情になった。その真剣な眼差しに、浮竹も思わず真面目な顔になる。
「今日、中庭の木の下に鳥の雛が落ちていました」
「ほう」
「隊の誰かが拾ってきたのですけど、それを見た仙太郎殿が“旨そうだな!”と言ったのもだから、もう、隊のみんなから散々怒られてしまって」
「それで、まだ定時報告に来てないんだな。落ち込んでいるんだろう」
「だって、『鳥ならタレより塩だよな!』と言うのですよ!怒られて当然です」
口をへの字に曲げて、いかにも憤懣やるかたないといった表情である。そしてはっと我に返ると、慌てて頭を下げた。
「すみません、下らぬ話を長々と」
「いや構わないよ。聞いているうちに元気になったようだ」
「本当ですか?」
恐る恐る浮竹の顔を見上げる。眩しいものでも見るように、浮竹は思わず目を細めた。
「あぁ。朽木、もっと聞かせてくれないか?」
「もっと、ですか?」
「お前の話には治癒効果があるみたいだ」
ルキアは頬を染めてはにかむと、手にしていた盆の端をそわそわとなぞりながら記憶をたどった。
「えーとえっと…あ、吉兆屋の白玉に抹茶味が出ました!」
ぱっと顔が明るく輝く。そう、それは障子を開けた瞬間目に飛び込んでくる、朝日に煌めく雪のように。
「抹茶味か、それはいいな」
それを見る浮竹の心にも光が広がる。
あぁ、なんていじらしいのだろう。胸に渦巻く病魔の影が、いっそその光で消えてしまえばいい。この身に積もる不安や後悔が、その光で消えてしまえばいい。





あぁそうさ
千の慰めよりも良薬よりも
聞かせてくれないか、君の話を









浮ルキはほのぼのしてていいなぁ…。

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