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闘う女神  







一度だけ、その戦いの場を直に見たことがある。
あれは確か、海燕副隊長がなくなる前、ルキアが現世に行く前だった。偵察に行った奴等の話では、相当な数の虚が集まっているということだった。俺達九番隊が追っていた虚と、ルキアたち十三番隊が追っている虚が、ちょうどそこにいるらしかった。よくある共同戦線だった。


ルキアの存在は後輩の阿散井から聞いて知っていた。
なんでも奴が何十年も片思いを続けている相手らしい。ちょっと押し倒して唇でも奪えばいいのに、と修兵は思うが、どうやら派手な刺青の後輩にその度胸はないらしかった。
その後仲間や乱菊さんら数人で呑みに行ったとき、近くに朽木ルキアがいると聞いて、物陰から覗いた。
小さな、とても小さな、華奢な女だった。ちょっとでも強く抱けば、ぽきっと折れてしまう気がした。だが、そうしてみたいと思わせる何かがあった。
―確かに…ソソられる女だな。
黒髪と、儚げな白い肌と、紫色の瞳が印象的だった。


その虚討伐は熾烈を極めた。
虚の数が多かった。多いなんてもんじゃなかった。巨大な岩石の転がる薄暗い荒野に、虚たちは身を潜めていた。
折から降っていた雨に、強風が重なった。嵐だった。
霊圧を探ろうにも感覚は乱され、俺達の視界は遮られ、足場は悪く、身動きもままならなかった。仲間たちは次々に負傷した。
「くそっ」
どんなに霊力があっても、これじゃ戦いにならねぇ。闇雲に動く死神、そして待ち構えて攻撃してくる虚たち。指揮系統は乱れていた。互いの声も聞こえず、当初立てられていた作戦がガタガタに崩れるまで、そう時間はかからなかった。
―やばい、これじゃ奴等にヤられる。
そう思った時だった。

「はやるな!」

風を切り裂くように女の声が響いた。
誰もがはっとして声のした方に目をやると、小柄な死神が立っていた――朽木ルキアだった。
「彼奴らの狙いは我々を混乱させることだ。惑わされるな!」
嵐の中、何故かその声はよく通った。その目は誰よりも静かで、力に満ちていた。
吹き荒れる荒野の中、風を正面から睨みつけ、凛と立つ。目に入る雨など気にもしない。

息を呑んだ。その佇まいに痺れた。
―こんな女だったか?

そしてその袂から繰り出されるのは真っ白な斬魄刀、袖白雪。
暗い荒野に、真っ白な氷雪の結晶がきらめく。断末魔の叫びをあげることなく、氷の塊となった虚は粉と散る。袖白雪の柄から伸びる白い垂が、風に煽られて舞う。
まるで踊っているようだった。
それから俺達は徐々に形勢を立て直し、最終的に全ての虚を倒すことができた。多くの負傷者が出たが、幸いにも死者は出なかった。あの悪天候の中、奇跡としか言いようがなかった。


彼女と一度でも共に闘った者は、彼女を手元に置きたくなるのだと言う。
無理もない。
あまりにも美しい、そして強い。
それは死神と言うよりも、もはや対極の ――女神。


その討伐の打ち上げで、宴の中心は自ずとルキアのところにあった。その戦いぶりを誉めそやす連中に囲まれて、ルキアはひたすら恐縮していた。
「あ、いえそんな、わたくしは」
ただでさえ小さな身体を更に小さくして、顔を真っ赤にして俯く。
―おもしれぇ。
ついさっきまで、鬼神のような目をして闘っていたとは到底思えない。離れていたところから眺めていた修兵の加虐心に火がついた。

修兵はおもむろに腰を上げるとルキアを囲む輪に近づき、すとんと隣に座った。
「いやいやほんと凄かった」
「檜佐木副隊長!」
びくりと肩を震わせる。紫色の瞳はもう、泣き出さんばかりだ。
「貴族のお嬢さんとは思えない闘いぶり…惚れたぜ?」
「そっそんな…!」
顔を真っ赤にして絶句する。小さな唇がきゅっと結ばれる。この唇からあの一喝が出たとは嘘みてぇだ。ますます面白い。
この唇を奪ってしまいたいと思うのは、男として当然だろう?


―悪りぃな阿散井。

そっと肩に手を回し、その手に力を込める。ルキアの身体に力が入る。その感覚すら楽しい。

―この女、お前に渡すのは口惜しい。

口の端で、にやりと笑う。


―邪魔するぜ。



BGMは「用心棒のテーマ」で!!闘うルキアは好きです。

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