文章目次

blindside





積み重なっていた仕事を終え、隊舎を出たのは日もとっくに暮れた頃だった。恋次は宿舎へ戻ろうと、急ぎ足で門を出たところで、ばったりとルキアに出くわした。
「お、今帰りか?」
「―う、うむ」
「送って行くぜ、屋敷でいいんだろ?」
「ああ、すまぬ」
どこかすっきりしない雰囲気のルキアがふと、空を仰いだ。
「一雨来そうだな」
遠くで、ごろごろと雷鳴が響いている。湿った匂いが、風と共に運ばれてきた。そう遠くないところまで雨が迫っている気配がある。





どちらともなく早足になった二人だったが、朽木家の屋敷まではかなり距離のある所で、雨脚に捕まってしまった。
「やっべぇ!」
ぽつりぽつりと頬に当たっていた雨は次第に強くなり、びしょぬれになるのも時間の問題と思われた。死覇装の裾が足にまとわりつき、足袋が少しずつ泥で汚れていくのが分かる。
「おいルキア、あそこ行くぞ!」
道沿いに、庇が大きく突き出た店があった。この時間、店は閉まっており、がらんとした軒先だけがぽっかりと開いていた。ルキアは恋次の指差した方を見ると、雨に濡れながらこくりと頷いた。







軒下で並んで立ったまま、二人はしばらく雨を眺めていた。
降り始めた雨はいつのまにか視界を曇らすほどの大雨となり、割れんばかりの雨音以外には何も聞こえなくなった。軒下にいても、雨の飛沫が足元にかかってくる。
―そういえば、死神になる前はよくこうやって雨をしのいだな。
恋次はぼんやりと、雷を怖がった仲間や、ねぐらが雨で流されそうになったことや、雨水を貯めようと躍起になったことを思い出していた。





雨が降っても慌てなくなったのはここ最近のことで、戌吊にいた頃は雨は大きな出来事だった。ろくでもない大人ばかりが住む町で水を汲むにも一苦労したあの頃は、大げさでもなんでもなく、雨は恵みの産物だった。ただ、まともな住処もなかった恋次やルキアにとって、同時に住処を壊し、時に奪い去ってしまう災いの産物でもあった。
死神になってすぐの頃は、そんな記憶が身体に染み付いているせいか雨が降るとそわそわと落ち着きをなくしていたが、今では感慨にふけるくらいの余裕がある。時間が流れたのを実感するのは、こういう時だった。





「当分止みそうにねぇな…しょうがねぇ、雨ん中、走って帰るか」
雨脚はいっこうに弱まる気配がない。諦めたように切り出した恋次の言葉に、ルキアは腕を組むと、少しだけ考える素振りを見せた。
「―そういえば、現世で学んだのだが」
「あ?」
「雨は空気中の悪いものも、一緒に巻き込んで降らせるらしい」
「へぇ」
「特に最近では、身体に悪い物質が雨に含まれるようになったので、雨に当たると皮膚がただれたり、髪の毛が抜けてハゲるのだそうだ」
「物騒だな」
「貴様がハゲたらさぞかし面白いだろうな、副隊長殿?」
「ああ?」
「ひょっとして斑目殿と区別がつかなくなるのではないか??」
「んだと!」
「いや、貴様はオモシロ刺青があるから区別はつくか」
「オモシロって!てめぇはセンスがねぇんだよ!!」
「雨の中は止した方がいいのではないか?刺青ハゲ副隊長殿?」
「おいこらてめぇ」
と、ルキアに一歩にじり寄った恋次は、ルキアから甘い香りがすることに気づいた。よくよく見れば、死覇装の懐が膨らみ、白い紙袋が覗いている。恋次がひょいと抜き取ると、
「あ!」
ルキアが慌てた声を上げた。恋次の手のひらに納まる程の紙袋はほかほかと温かく、開けると二匹の鯛焼きが入っている。
「何だこれ。一人で食べるつもりだろ」
じり、と咎めるように睨んだ恋次の視線を受けて、ルキアはぷいとそっぽを向いた。ぼそぼそと、雨の音にかき消されるような小さな声が聞こえる。
「忙しいと聞いておったからな、甘いものが欲しいかと思って持ってきたのだ」







恋次は動きが止まってしまった。







言われてみれば、こんな時間にルキアが六番隊の隊舎近くにいること自体が不自然だった。始めから、ルキアの言動には何かすっきりしないところがあった。それに気づけなかった自分の不器用さと、例え好物とは言え、一方的に責めてしまった自分の短絡さが恥ずかしい。





ぼそぼそとルキアが続ける。
「雨の中では、せっかく貴様にあげるものが濡れてしまうではないか」
口を尖らせたまま、ルキアは恋次と目を合わそうとしない。
恋次はじわりとあたたかいものが満ちてくるのを感じ、にやりと顔が緩むのを抑えることができなかった。
「ばーか」
くしゃくしゃとルキアの髪を掻き回すと、湿った髪の感触と共に「馬鹿とはなんだ馬鹿とは!」と精一杯の苦情が手のひらの下から聞こえた。



いつのまにか雨は小降りになり、通りの町並みは洗われたようにすっきりと佇んでいる。
「温かいうちに食うか」
恋次の提案に、今度はルキアは笑顔で応えた。少しずつ薄れてゆく雨の匂いに代わって、二人の軒下には甘い匂いが立ち込める。








こいつは俺の弱点
こいつに関する限り俺はどうしようもなく無防備で
ガキみたいに不器用で





だけど分かるだろう?








こいつ、むちゃくちゃ可愛いんだ。














1万hit御礼第2弾!やっと恋ルキが書けた!!こちらもフリー配布です。
ソースをコピペしてお持ち帰り下さい☆公開される場合は、当サイト名を載せてやってください。
blindside=弱点、盲点、の意です。

文章目次


Copyright(c)酩酊の回廊 2007 all rights reserved.