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she will be loved





初めて会った時から、彼女の姿は周囲の目を引いていた。
くるくると動く大きな目、周りを安心させる笑顔、よく通る澄んだ声、真っ白な肌。
流魂街で評判になるのに、そう時間はかからなかった。それは清霊廷でも同じだ。入学すると同時に彼女は男どもの関心を集め、少しでも彼女に近づこうとする野郎が後を絶たなかった。 彼女の周りには、常に男の姿があった。
もっとも、本人にその自覚は全くなかったが。

「―ルキア…」
俺は彼女の名前をつぶやき、3日前から振り続けている、この忌々しい雨を睨みつける。


昨日、朽木家の屋敷近くでばったりルキアに会った。いや、ばったりというのは正確じゃない。会えるのを期待していたわけだから。そもそも、てめぇの官舎から遠く離れた朽木家の近くをうろうろしていること自体、不自然だ。
「よう」
「!…なんだ恋次、貴様か」
「なんだはねーだろ、なんだは」
夕暮れの明かりの中、よく見ると左の頬にうっすらと痣がある。
「お前どうしたんだよ、その痣」
「―貴様には関係ない」
「どうせ何かヘマやったんだろうが、お前は昔っから―」
そこまで言って、ルキアの衣服から微かに香る匂いに気がついた。こいつは香なんて焚く趣味はない。それにこの香には覚えがある。
―確か、七番隊の…
でっぷりと太って体格のでかい、下品な笑い方をする奴だ。やたら好色だという噂で、いい評判を聞かない。そういや今日、精霊廷内で目が合った時、そそくさと避けやがった…。
―まさか。
「ルキア、お前、その…大丈夫か?」
「私は元気だぞ」
そう言って、ふんわりと笑う。痛々しい笑い方に俺は思わず目を反らす。
やめろよ、そうやって笑うのは。何にも言えなくなっちまう。
「それより貴様こそ、ここで何をしておるのだ。」
「あ、いやその…あれだ、ちょっと今…時間あるか?」
「私は忙しいのだが…。ちょっと用事があってな」
「そっか…じゃぁいい」
「?何か用事があったのではないのか?」
「あ、いや別に急がねーし。また今度な」
まさか、『ただ話がしたかった』なんてこと言えねぇ。


そして今朝、朽木隊長からルキアの所在がわからない、という話を聞いた。夕べ、屋敷を出たまま戻って来ないらしい。俺が会った直後だ。
「恋次お前、何か知らぬか」
「いえ、何も―」


ルキアの居場所は分かる。
精霊廷の流魂街近くに、廃屋がある。横に、覆いかぶさるように大きな木があって、それは、俺たちが小さい頃、ねぐらにしていたあばら家によく似ていた。ルキアが朽木家に入る前、一度連れて行かれたことがある。見つけたのはルキアだった。
「すごいだろう、恋次!そっくりではないか!」
あの時のルキアの顔。
それ以来だ。何かあったとき、あいつはいつもあそこに逃げ込む。
そしてたぶん、一人、泣いている。


手を離したのは俺、あまりにも小心者だった俺。
だけど今の俺はもう躊躇わない。
あいつを苦しめる全てのもの、全ての人。
俺は全部を知っている訳じゃないが、俺なりに理解しているつもりだ。
崩れ落ちそうなお前を支えるために、俺は強くなる。
だから―

一人で泣くな、ルキア。


その涙を止めるためなら、俺はどこへだって飛んで行ける。

俺はゆっくり、廃屋に近づいていく。
傾いた扉の開く音に、中の小さな人影が振り向く。
目が赤く腫れている。
涙の後が筋になって…また一つ、雫がこぼれる。


その涙を止めるためなら、俺はどんな罪だって犯そう。

だから一人で泣かないでくれ、ルキア。



MAROON5の"she will be loved"という曲からのインスピレーション。というか、最早パクリだということは黙っていて下さい…(おろおろ)

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