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白くて甘くて柔らかいもの





夕焼け色をした塊を口に含むと、やんわりとした甘さが口に広がる。噛んでいるうちに実は溶けてなくなったが、舌の上には、もったりとした甘さが名残惜しく残る。
ルキアは指先についた白い粉を、そっと舐めてから懐紙でぬぐった。
朽木家の屋敷に置いてあった干し柿はさすがに上等で、ルキアが今まで食べたどの干し柿よりも、まろやかな味がした。流魂街にいた頃に食べた、真っ黒に干からびた柿の味を思い出して、ルキアはそっと苦笑した。



この、干し柿が好きな男がいた。



いつだったか、干し柿を手にして現れたその男――市丸ギンがいなくなって、しばらくが経つ。
ギンの身の回りに茜色の物など何もなかったけれど、なぜかルキアは、今日のような夕暮れ時になるとギンのことを思い出す。
青空よりも、薄闇よりも、夕暮れの―それも夏の間際の、はっとする濃さの夕暮れが―似合う男だった、と思う。そう思ってしまう理由は、今でも分からないのだけど。



ギンの好物が干し柿だと知った時、ルキアは意外に思った。
この男に好きなものがあるなんて想像もしていなかったし、それが甘いものだとは、もっと想像しにくかった。


「ええ着物やなぁ」
その日、突然目の前に現れたギンは、ルキアの着ていた私用の着物を眺めて言った。
「干し柿みたいな色や」
「…夕焼けの色、と言っていただけませんか」
「そら堪忍」
「しかもなぜ、干し柿なのです」
「だって僕、干し柿好きやし」
少し考えて、ルキアは眉間に皺を寄せて呟いた。
「似合わぬ物を…」
「そ?」
ギンは軽く首を傾げると、伺うようにルキアを見た。
「ルキアちゃん。僕、一応、三番隊隊長。」
不用意なことを言ってしまったことに気づき、ルキアはすぐに身体を固くした。
「し、失礼しました…っ」
「不敬問題で処分、なんてこと、なりたくないやろ?」
「申し訳ありません…っ」
しかし嫌味なことばかり言うくせに、ギンは時折ひどく、無邪気な興味を向けて来るのも事実だった。
「なっ…何をなさるのですかっ」
ギンは唐突にルキアの襟足の髪をさらりと掬うと、その感触を楽しむように指先に絡ませ、口元を緩めた。
「襟足ないほうが、この着物に合うんやないかなぁ」
先ほどとは違うあっさりとした声音に、ルキアはこの男との距離感を計りかねて、戸惑う。
「よ、余計なお世話です!」
「そら堪忍」
悪びれもなくそう言うと、ギンはそのまま去って行った。
ギンがその場からいなくなっても、なぜかそんなやり取りが妙に頭に残ってしまい、いつまでも思い返してしまう。向けられた言葉の残滓は、ざらりと不安をかきたて、そしてどこか、甘い。




春の風が芽吹き始めた木々を揺らし、ルキアの前髪をさっと撫で上げてゆく。
舌にまとわりつくしつこい甘さは、妙にあの男を思い出させ、
「…案外、似合いかもしれんな」
ルキアはそう呟くと、短くなった襟足にそっと触れ、立ち上がった。
この新しい髪型を見たら、あの男は何と言うだろう。きっとまた人を惑わすようなことを言い、妙ないたずらでもしてくるのだろう。




干し柿の最後の一切れを口に放り込んで、指の粉を払う。
いたずらをされた時、何と言い返そうかと考えて、ルキアはふふふと笑った。
もう、言葉にもてあそばれるだけの私ではない。その姿を見るだけで、体を固くしていた頃の私ではない。成長し、変わった私を見て、あの男は「なんやつまらん」とでも言うだろう。
「早く戻って来い、市丸ギン」
暮れてゆく空に向かって、大きく伸びをする。茜色に包まれて、懐かしさがこみ上げる。
「貴様に似合いの私が、待っているのだぞ」











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