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雪道





ざくざく、と足音が響く。



朽木家の屋敷を出た時に降り出した雪は、用事先から帰る頃にはすっかり辺りの景色を白一色に変えていた。前を行く兄の歩みは、それでも平素と変わらない。ルキアは、所用で出かける兄の供としてついて行き、二人して屋敷へと帰る途中だった。
日はとっくに落ちていたが、降り積もった雪のおかげか辺りはうっすらと明るい。折りよく出てきた月の光が、影絵のように冴え冴えと景色を浮かび上がらせた。吐く息が白い。




「は…くしゅんっ」
しんとした空気にルキアのくしゃみが響く。前を歩いていた白哉が立ち止まると、静かに振り向いた。首に巻いていた白い布をするりと解くと、ぞんざいにルキアの前に差し出す。
「使いなさい」
「ですが」
「風邪を引く」
「でもそれでは兄様が…」
気遣う言葉を最後まで聞かず、白哉はそれをルキアの手に押し付けた。1枚で何軒も家が建つような高級な代物である。ためらうルキアに畳み掛けるように、白哉は虚空を見据えたまま一気に言葉を重ねる。
「“心頭滅却すれば火もまた涼し”という諺を知っているか。逆もまた然り。寒さに凍えるということは即ち肉体に対する感情の敗北でもある。寒さの中にありながらも精神を刻苦することによって外気とは容易に克服できるものとなる。それこそが我々死神にとって必要な鍛錬であり任務のみならず平常時においてもこれを己に課することをゆめ忘れぬようにしなければならぬ」
「あの…」
「加えて私は寒さには強い。一説によると自身の生まれた季節が当人にとって最も適した気候であると言われるがお前は聞いたことはないか。然らば冬の最中に生を受けた私が寒さに強いという事実は好む好まざるということに関わらず必然であると言えよう。しかしこれはあくまでも一つの言説であり医学的な見解を待たねばならず今後技術開発局もしくは四番隊にて詳細に検証する必要があろう」
「あの」
「また千年前に著された武芸書にはこのような諺も…」
「あの、兄様っ」


そこで白哉はようやく、ルキアの方を見た。
「ありがとうございます」
控えめに微笑むルキアを見て白哉は一瞬、虚を突かれたような表情をした。ルキアは肌触りのいい白布を首に巻くと、その端をしっかりと握り締める。
「とても温かいです」


「…そうか」
白哉はそっけなく答えると、くるりと背を向けて歩き出した。その歩みは、先ほどまでと変わらない。ルキアも慌ててその後を追う。




さくさく、と足音は響く。



だが、月影の錯覚だろうか。







兄が微笑んだような気がした。






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