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この孤独に抱擁を





私は知っている。
戦闘中は涼しい顔で技を繰り出す白哉兄様も、人知れず技を磨いていることを。






朽木家の敷地は広い。そして広大な敷地の中には、幾つもの建物がある。
私にはどの建物を同じに見えて、養子に迎えられて直ぐの頃は、よく迷ったものだった。方向を見失い、立ちすくみ、建物の片隅に座り込むことも少なくなかった。
そして私の姿が見えなくなると、兄様が霊圧を探り、静かに迎えに来るのだ。
「まるで鬼事だな」
そう呟いた兄様の表情は思いのほか優しかった。私はここにいることを許されているのかもしれない、と僅かながらも慰められた。


兄様が修練に使う建物は、敷地の最も奥にある。最も頑丈に作られた、特別な建物と聞いている。霊圧が漏れないように張られた結界の中、兄様は斬魄刀を解放し、仮想の敵を相手に闘う。
何時間も、何時間も。


屋敷の片隅から僅かな霊圧の震えを感じるたびに、私は怯える。

このまま兄様が死んでしまうのではないか、と。
兄様がいなくなってしまうのではないか、と。


兄様の修練はそれほどに激しく、そして哀しくなるほどに痛ましい。




その建物から兄様が母屋の自室へ戻る途中に、私の部屋がある。
額に汗を滲ませた兄様が母屋へ戻ってくると、私はほっとする。
部屋の戸口に立ち尽くす私をちらりと一瞥すると、兄様は静かな足取りで私の前へと近づく。そしてゆっくりと、まるで倒れるように私にもたれかかる。私は兄様を支えようとして、でも自分よりもずっとずっと大きな身体を支えきれずに、膝をついてしまう。せめて倒れないように受け止めようと、恐る恐る広い背中に腕を回す。


兄様の呼吸が荒い。
死覇装に汗が染みている。だけど、手のひらに伝わるそれは嫌な感触ではない。初めはひやりと冷たく、次第に兄様の体温が伝わってくる。
「ふ…」
兄様がゆっくりと、一つ、大きく息をつく。





兄様はそのまま何事もなかったかのように自室に戻ってしまうこともあれば、静かに寝入ってしまうこともあった。私は身動きできずに、大きな身体を抱きすくめたまま、目覚めを待つ。
兄様の鼓動を手のひらに感じる。
静かな息遣いが耳元で聞こえる。
微かに、香の香りがする。
その温かな静けさの中、私は兄様が背負う孤独を想う。一人、闘い続けることの哀しさと強さを想う。







私は知っている。
技を磨く、強くなる、ということで白哉兄様もまた何かと闘っているのだ。
そんな形でしか生きてゆけぬ人なのだ。







私たちは出逢った。
私たちはよく似ている、と思う。




その行き着く先が、愛であろうと悲しみであろうと。



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