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ルキアが、山本総隊長主催の演武大会で優勝した。



毎年夏の時期に行われるこの大会は、始解状態の斬魄刀を使い、それぞれの刀の特性を生かした演武を行い、その型の美しさや力強さを競う。死神たちは皆それぞれ10点の持ち点があり、会場で演武を見るか、技術開発局から配信される映像を見て、気に入った演武に点を振り分ける。
特に賞金や賞品といったものはないが、上位の者は尸魂界の死神たちから賞賛され、この大会で上位に入賞することは限りない栄誉とされていた。末席の死神たちにとって、この大会に出ることは憧れでもあり、目標でもある。



その大会で、ルキアが優勝した。
しかも1万点近くを獲得し、2位以下に大差をつけての優勝だったという。



浮竹はその演武を見ていない。タイミングの悪いことに、大会当日の朝に大量の喀血をしてしまった浮竹は、卯の花烈の厳しい監視のもと起き上がることも許されず、終日寝転んだままルキアの演武を想像して過ごした。せめて映像だけでも見せてほしいと頼んだものの、「興奮なさるといけませんから」という至極まっとうな理由と強烈な笑顔とともに拒まれた。当の卯の花は、隣室で映像を見ながら「まぁ」だの「素晴らしいですね」だのと感嘆の声を上げていて、そのことが実は一番浮竹の精神衛生によくないということは気づかなかったようである。



翌日、ようやく仕事に戻ることを許された浮竹は、少しずつ事の大きさが分かってきた。とにかく、会う人会う人がルキアの演武の素晴らしさについて語りたがるのである。




友人、京楽春水の話。
「いやぁ、きみ、ルキアちゃんの演武見れなかったんだって?勿体ないなぁ。え?そりゃぁ綺麗だったよ。風のようで花のようで…もう言葉をなくしちゃったね。見ながら一杯、思い出してまた一杯…酒が美味しくなる武術なんてそうないだろう?まぁ安心してよ、別に本当にルキアちゃんをつまみにしちゃおうって話じゃないから…ってちょっと待って七緒ちゃん!冗談だって!ほら、大人同士の軽い冗談だよ!ああああ待って!!七緒ちゅわぁぁぁ〜ん!!」




市丸ギンの話。
「あー、生き返ったんやね。病弱な隊長さんはルキアちゃんの演武は見んで正解や。あんなん見たら、口からやのうて鼻から血ィ出して倒れてまうわー。ま、ボクはしっかり堪能させてもろたけど。そうや、死ぬ時はルキアちゃんに刺してもらうのがええなぁ。隊長さんとお兄ちゃんが猫可愛がる理由がほんまによう分かったわ。ええなぁ、欲しいなぁルキアちゃん。なぁ、うちのイヅルと交換せぇへん?―ま、嫌と言われても手ぇ出すけど」




義兄、朽木白哉の話。
「―なに。兄はあれの演武を見ておらぬのか。ならばこれを見るが良かろう。技術開発局の協力で作った高精度映像記録だ。撮影機器、映像媒体ともに朽木家の技術の粋を集めた素晴らしい映像だ。ふっ…愚問だな―監修は私に決まっている。あらゆる角度からルキアの演武を撮影し、髪の毛一本までを映し出す高画質、息遣いまで捉えた高音質、これならば兄も臨場感とともに堪能することができるであろう。さらに特典映像として…」




阿散井恋次の話。
「あれ。お体、大丈夫なんスか?もうすっごい騒ぎになっちまって。正直、俺もルキアが斬魄刀持つ姿なんてまともに見たことがなくて…驚きました。本当は俺も出るつもりだったんですけどね。出なくて正解でしたよ。あんなん見たら、自分の演武なんて恥ずかしくて。え?そりゃ嬉しいっスよ。でもどんだけ敵が増えたか…全く冗談じゃないっスよ。何の敵か?え、そりゃ、あれですよ、そそそそその…」




山本総隊長の話。
「…もう思い残すことはない…わしはもう死んでも構わん…」




隊舎に戻った浮竹には、ルキアの居場所がすぐにわかった。人だかりのできている部屋があり、その中心に彼女の霊圧を感じる。浮竹が姿を現すとざわめきはおさまり、人の山は自然と二つに分かれて道を開けた。部屋の中に、やや疲れた表情のルキアがちょこんと座っている。昨日、今日とさぞかし注目され、騒がれ、群がられたのだろう。
「浮竹隊長!お体は―」
「もう大丈夫だ、心配をかけたね」
立ち上がりかけたルキアを手で制すと、後ろ手に襖を閉めた。
「話はいろんな人から聞いたよ。みんなうっとりしていてね、見られなくてすまなかった」
「いえ、隊長が稽古をつけて下さったおかげです」
演武の稽古をつけていた浮竹には、ルキアの斬魄刀と動きの美しさが誰よりも分かっている。それでもやはり見たかったと思うのは、ルキアに魅了される会場を眺めたいという誇示の気持ちが、少し混じるためだ。



目の前にしゃがみこんだ浮竹を、ルキアが微笑んで見上げた。ようやく見せた安心しきった笑顔に、浮竹も微笑んで応える。艶やかな漆黒の前髪を、さらりと掻き分けた。




真っ白な額に、優しい優しい祝福の口付けを。
いま君がここにいることに、心からの感謝の口付けを。




「おめでとう―そしてありがとう、朽木」





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