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この心はすべてあなたに〜着物にまつわる嫉妬(その2)





怒って走り去ってしまった恋人を追うことも出来ず,市丸ギンは立ちつくしていた。
(今日は絶対ルキアちゃんが悪い・・・ボクは絶対謝らへん・・・)



なぜなら今日,9月10日はギンの誕生日。
前々から都合を合わせ二人っきりで過すことを心待ちにしていたのに,間が悪いことに(ギンの日頃の行いが悪いのか),朽木家での外せない用事が何故か立て込んで,ルキアの体があかず,夕暮れ近くなってやっと会うことが出来たのだ。
むろん,ギンはルキアが遅刻したことで怒っているわけではなかった。自分の目の前に来るまで,ルキアが連れだって歩いてきた人物が問題だったのだ。



阿散井恋次,ルキアの幼馴染にして,かつてのギンの恋敵。
事実,ギンと恋次のルキアをめぐる激しい攻防,凄絶なバトルをここに書き記せば大河ドラマのシナリオが書けてしまうほどである。



結果はギンの言うところの余裕で,恋次の言うところの僅差でギンがルキアの愛を(奇跡的に)勝ち取ったわけなのだが,この赤髪のルキアの忠犬はいっこうにルキアをあきらめる気配がないのだ。
幼馴染の気安さでルキアと恋次の関係は,ギンと付き合いだした今も変わりはない。ギンにとっては全く面白くないこと,この上ない存在なのだった。



実際,馴れ馴れしくも肩が触れ合うような距離で,仲睦まじく話しながらやってくる二人は見るからにお似合いで(ギンは断固認めないが),周囲から素敵な恋人同士をみる嫉妬と羨望混じりの視線が二人に投げかけられているのが感じられた。
それだけでも我慢できないというのに,今日のルキアの着物の色が緋色であったのがギンの嫉妬心を煽った。




普段,ルキアはどちらかと言うと青や紫系統の着物を好んで身につける。ルキアの美しい黒髪,白い肌,澄んだ菫色の瞳によく映る,瑠璃色,濃藍,菖蒲色・・・
そんな彼女の隣に立つときは少しでも彼女に見合った姿でいたくて,ギンは普段身につける着物の色にはこだわるようになっていた。藤色,天色,鳩羽色,・・・紫と青を引き立てる色を―――。
今日はきっと菖蒲色の着物に銀糸の刺繍の臙脂色の帯,藤の飾り簪で来てくれるだろうと思って,藤色の着流しを着てきたというのに・・・。



ルキアの緋色の着物は,赤髪の幼馴染の隣でいっそう良く映えていた。
恋次は死覇装姿であったが,そのすっきりとした黒装束が余計にルキアの隣で決まっていた。無粋なこの男にそんな計算が出来るとは思えないが,それがいっそう腹立たしく思えた。
頭の中でぐるぐると巡ったもの思いと嫉妬心故に,恋次と別れた後嬉しそうに自分のもとへと駆け寄ってきた恋人に咎め立てするようなことを,つい言ってしまった。そうなると売り言葉に買い言葉,ルキアは怒って走り去ってしまったのだった。




ルキアと喧嘩した時は,理由がなんであれ,たいていギンが謝ることが不文律のようになっていたのだが,今日ばかりは意地でも謝りたくはなかった。
他の男と連れだって,しかもいかにも似合いの様子でやって来るなんて,そういうことにいくら疎いルキアとはいえ男心を解さないにも程がある。



それでも,やはりそこは惚れた弱み,謝らないにしてもギンはルキアとこのまま離れたままでいる気などさらさらなかった。
ギンは素早くルキアの霊圧を探るとそのあとを追った。






ルキアはうさぎグッズの充実したお気に入りのお店にいた。うさぎのぬいぐるみ,根付け,巾着,手布,等々ルキアの大好きなものが揃っている。


(何か欲しいものでもあるんかな。ねだってくれるんなら買うてあげるのに。)


自分の誕生日だというのに,ついルキアへの贈り物について考えてしまう。
今日は絶対謝らないにしても(明日はわからないが)今後のルキアのご機嫌取りのためにも目当てのうさぎグッズはチェックしておくに越したことはない。ギンは向かいの店からそっとルキアの様子を窺った。しかし,今日のルキアの興味はうさぎにはないようだった。



うさぎ以外にもたくさんのぬいぐるみが陳列してある棚の中で,ルキアの視線を受けているのは柔らかそうな白いフェルトで作られた狐のぬいぐるみ。にっこり笑った細い目に愛嬌がある。
ルキアは怒ったような顔で狐のぬいぐるみを手にとってポコンと頭をたたいた。
「ほんとによく似ておる・・・。」
ルキアは苦笑しながら今度は狐の頭を優しく撫で,胸に抱きしめた。



ギンを怒らせてしまった理由は,いくらルキアが男心に疎いにしてもわかっていた。
時間に遅れたうえに恋次と連れだってギンのもとに行くなど,自分がギンの立場だとしたら,やはり嬉しくはないだろう。少々今日の自分は無神経であったかもしれない。
「ギン,すまなかったな・・・」
ルキアは本人を前にしたら,とうてい素直に言えない言葉を口にし,狐のぬいぐるみを持って会計場に向かおうとした。



そのぬいぐるみを,横からからひょいと大きな手が取り上げた。



「なっ!?」
「これ会計頼むわ。包まんでええよ。」
ギンがこの上なく嬉しそうな顔でルキアに笑いかける。ルキアは一瞬あっけにとられていたが次の瞬間真っ赤になった。
「き,貴様,聞いておったのか?」
「な――んも聞いとらんよ♪ルキアちゃんがぬいぐるみに話しかける趣味があるなんてなあ。はいルキアちゃん,これ誰かさんに,よお似とるねぇ。」
ルキアの手にぬいぐるみを握らせながらいっそうギンは嬉しげに笑う。



おそらく自分がつぶやいた言葉もこの性悪狐にはしっかり聞かれてしまったことだろう。
恥ずかしさのあまりルキアはきつい口調で否定した。
「た,たわけ!貴様がこんなに可愛らしいわけなかろう!!」
「あれえ,ボクこのぬいぐるみ誰かさんに似とるっていうただけやで♪」
しっかり墓穴を掘ってしまって再び真っ赤になるルキアの手をとってギンは上機嫌で歩き出した。
人目がなければ今すぐこの場で抱きしめて押し倒したいぐらいだが,さすがにそれは出来ない。しかし,手のひらからの温もりだけではとうてい物足りない。



(ああ,この世界にボクとルキアちゃんしか,おらんかったらええのになあ。)


上機嫌の顔とはうらはらに凶暴なまでの滾る気持ちをどうにか抑えつつ,物騒なことを本気で考えながら,ギンはルキアと予約してあった料亭に入って行った。



二間続きの座敷に通され,食事も済むと,ギンはルキアと差し向かいで飲みながら,ついでのように尋ねた。
「今日は,どうしてその着物を着てきたん?」
ルキアは酒のせいかほんのりほほを染め,無意識であろうがやや艶な瞳でギンを睨むように見つめた。
「似合わぬか・・・?」
「そんなことない。よお似おとるし,可愛いらしいよ。ただ,君はいつも青系の着物が多いやろ。なんで今日は緋色なん?」
ルキアは,ギンの着ている藤色の着流しを見てくすりと笑った。
「それで,おまえはすねていたわけか?」
「すねてなんかおらんよ!!ちょっと気になっただけやん。」
しっかりすねたような口調になっているギンの子供っぽさが可笑しかった。
「今日は,どうしてもこの着物と帯を着て会いたかったのだ。おまえの誕生日だから・・・」
「ボクの誕生日やから?」




ギンは改めて今日のルキアの姿をしげしげと見つめた。
ひねもすのたり柄の緋色の着物,純白の帯に金糸の帯紐,鼈甲の櫛を髪にさしたルキアは派手さこそないが清楚で愛らしく,(隣に恋次さえいなければ)大いにギンの心を満足させたものの,何がどう特別なのかはさっぱりわからなかった。
ギンの怪訝な様子を見て,ルキアははにかんで軽く目を伏せた後,すっと立ち上がりくるりと後ろを向いた。







何が特別なのかは後ろ姿を見た瞬間わかった。
ルキアの年頃にしては地味な帯の結び方である,お太鼓,大きく四角くまとめられたお太鼓の帯のキャンバスに描かれているのは白い兎と銀の狐・・・優しく寄り添い合う2匹の周りに咲き乱れる深紅の雛罌粟。
白い帯に白糸とと銀糸で刺繍されていたため不覚にも見落としていたのだった。
これからもずっとギンの誕生日を祝いたい,ともに生きていきたいというルキアの願いが込められたギンへのメッセージであった。




ギンはあふれる感動と愛しさにたまらなくなりルキアを後ろから強く抱きしめた。
「ルキアちゃん,先に謝っとくわ・・・堪忍なあ。」
「先に?」
「多分,今夜は寝かせてあげられへんわ・・・」
ギンはルキアを自分の方に振り向かせ,優しく口づけを落とすと,軽々と抱き上げ寝室へと連れていく。
「待ってくれ,まだおまえに贈り物を渡しておらぬ。」
「なぁんもいらんよ。ルキアちゃんだけおったらええ・・・」








最高の誕生日・・・幸福な微笑みを浮かべ,ギンはルキアを夜具の上に優しく押し倒した。




そう君の帯は贈り物を結ぶリボン,君の着物は贈り物を包む薄紙・・・
君以外に欲しいものなど何もない・・・君こそがボクへの至上の贈り物―――。











ギンがエロい素敵小説です!…が、無自覚なルキアが一番エロいのかも?

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