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不機嫌な恋人〜着物にまつわる嫉妬(その1)





「何をそんなに怒っているのだ・・・。」



ルキアは久しぶりの逢瀬だというのに,憮然とした表情で差し向かいに座っている恋人を困り顔で見つめていた。



目の前にいるのは普段なら,笑顔が張り付いて固まったような顔が通常である男(最もルキア以外に向ける笑顔は本物ではないが),三番隊隊長市丸ギン。
これが機嫌の悪いのが自分の方で,ギンが懸命にご機嫌をとり結ぶというのならよくあることで対処の仕方もわかるのだが(最終的にギンが土下座),逆のパターンは初めてのことでどうにも勝手がわからなかった。ましてや,ルキアにはギンがなぜ怒っているのかさっぱりわからないのだ。



確かに待ち合わせの時間に若干遅れはしたものの,かつてどうにも出来ない用事で4時間以上待たせた時ですら,死ぬほど心配はされたが怒ることなどなかったというのに。
実際,息を弾ませてギンとの待ち合わせの料亭の部屋の襖を開けた時,待ちかねていたギンは,輝かんばかりの笑みを浮かべルキアを抱きしめようとしたのだ。
しかし,何故かふいと体を離し,ルキアを上から下まで眺めた後,態度が変わったのだった。




今日は朽木家の年中行事の一つである『桜見の宴』であった。
当然ルキアも朽木家の姫として正装し,先程まで出席していた。退屈な貴族同士の会話や付き合いにうんざりしながらも,自分の朽木家の姫としての責務は済んだと判断するや否や,白哉にだけは外出する旨を告げ,着替えもせずにそのままの姿でギンに会いに向かったのだった。
一刻も早くギンに会いたいと言うだけでなく,正装した自分の姿をギンに見せたいという思いがあったからだった。
自分でも,今日の装いはなかなかに良く似合っていると自負し,ギンにも喜んでもらえると思っていたのに・・・
ルキアは長いまつげを伏せてため息をついた。




(ルキアちゃんは,なんもわかっとらん・・・・・・)



ギンは本来ならば一瞬だとてルキアから視線を外したくないというのに,意地でもルキアの方を見ようとしなかった。
正装で現れたルキアを見た瞬間,あまりの美しさ,可憐さに心臓が止まってしまうかと思った。



(ボクのためにお洒落してきてくれたん♪♪)



と,思わず抱きしめそうになったのだが・・・。



(・・・・・・・!?)



ギンは何か引っかかるものを感じ,抱きしめようとした腕を止めルキアの全身をしげしげと見つめた。



紫水晶のような薄い青地の着物に乱れ咲く桜花,古代紫の帯に金糸の帯紐,高く結い上げられた髪にさした薔薇水晶で作られた桜の飾り簪がしゃらりと揺れる。
まさしく,桜の精のような美しさであった。しかし・・・どう見てもそれは上から下まで,ルキアの義兄朽木白哉の見たてであった。
今日の『桜見の宴』でルキアこそが朽木白哉の秘蔵の桜であると宣言されたことは,想像に難くない(ルキアは無自覚であろうが・・・)。



他の男の独占欲と所有欲を全身に纏って現れたルキアの姿に,ギンは白哉に対する猛烈な嫉妬と怒りがわいてくるのをどうにも出来なかった。
着物の生地の色さえ美女桜色・・・徹底したものである。




これは,ギンとルキアの逢引にうすうす気づいている朽木白哉からの挑戦状のように思えた。



(こんなんで,ボクの気ィ散らそうとするなんて,ほんま性格の悪い兄さんや・・・)



おそらくギンならば確実に自分のメッセージを受け取ると踏んだうえでの,ルキアの正装姿であろう,そしてルキアがそのままの姿で自分に会いに来るのも想定内の事柄・・・
白哉の手のひらの上で転がされていると自覚はしたものの,ギンはますます視線をルキアから外してしまう。まったくもって白哉の思うつぼになっているのにどうにも出来ぬ男心・・・。
ちらりと細い眼の隙間からルキアを見やると,先程からの困った顔が怒りに縁取られ始めている。このままでは怒って帰ってしまうのは時間の問題だった。




ルキアはすいと立ち上がると冷たく一言ギンに告げた。
「帰る・・・・・・。」
「え!!ま,待ってや,ルキアちゃん!!」
ギンは慌てて引き止める。
久しぶりの逢瀬,しかも今日はルキアとお泊りが出来る滅多にない貴重な日,自分の意地ごときで台無しにするつもりは,さすがにギンにはなかった。
「なんなのだ貴様は!!私が来るなり仏頂面になりおって!なにやら私の姿が気に入らぬようだが,何が気に入らぬのかはっきりと言えばよいではないか!!」
「そ・・・それは」
ルキアの身につけているものが,全て白哉の見立てなのが気に入らなくて嫉妬に狂っているなどと言えるわけがない・・・。



(ボクが言い訳出来んことまで計算しておったんかいな・・・あんのシスコン兄貴がァ・・・)



口ごもってしまったギンにルキアは冷たい視線を向ける。
「よくわかった。おまえがそういう態度なら,私も何も言うことはない。」
踵を返し,部屋を出て行こうとするルキアをギンは後ろから抱きしめた。
「離せ!!」
「いやや。」
「離せと言っておるのだ。」
「い――や―――や!!」
ギンはルキアを無理矢理自分の方に向けさせると,唇をうばった。
「―――っ,こんなことでごまかそうと・・・ふっ・・・うっ・・・」
怒ってギンをはねのけようとする腕を拘束し,ギンは更に深く激しくルキアの唇をむさぼる。



(朽木白哉・・・あんたの思い通りになんぞさせへんよ!!!)



ギンは空いている方の手でルキアの帯をとき始める。いつもと違うその性急さに,激しい口づけで朦朧としていたルキアがはっとした。
「き,貴様,こんな風になしくずしにして,私をごまかそうと言うのか?」
ギンは帯をとく手を止め,今日初めてルキアをまっすぐに見つめた。
「ごまかそうとしてなんかおらんよ。これがボクの答えや。ルキアちゃんのこと欲しゅうて欲しゅうてたまらんくて,体がうずいとるんや・・・せやから君の着ているもん,全部気に入らんのや!!」
説明は不十分であるが,それはまさしくギンの本心。その熱い視線と情熱にほだされたのか,ルキアが観念したように言った。
「ならば・・・せめて寝室に連れてってくれ。こんな場所では・・・」
「声が,よぉ出せへん?」
「たわけ・・・」
恥じらいで真っ赤に染まったルキアにもう一度口づけると、ギンはにっこりと笑いルキアを軽々と抱き上げ,隣室の寝所へと運んで行った。








「ギン・・・・」
「なに?」
激しく求めあい,愛し合った後の心地よい気だるさの中,ルキアはギンの腕の中で問いかける。
「なぜ,この上で私を抱いたのだ?」
今,自分たちの体の下にあるのは,先程までルキアが身に着けていた着物。まるで桜の褥の上で愛し合ったような不思議な錯覚―――。
着物がしわになるし,汚したくなかったルキアは最初嫌がったのだが,ギンが頑としてそれを許さなかった。
すべらかな上等の絹の上で抱き合うのは思った以上に心地よくギンもルキアも深く満足したのであったが,ルキアにしてみれば何とも合点のいかぬ話であった。




「ん―――複雑な男心ってやつやね・・・」
「さっぱりわからぬ。」
「ええよ・・・わからんで。それよりこれ。」
どこから取り出したのか,ギンは薄紅色の薄紙に包まれた細長い包みをルキアに差し出した。
包みのなかには,紫水晶と銀で細工された花簪。紫水晶で藤の花が,その周りを銀で細工された葉が羽のように取り巻いている。
ルキアの顔に幸せそうな微笑みが浮かぶ。
「美しいな・・・ありがとうギン・・・」
「朽木家で『藤見の宴』でもあったら,さしてや。」
「ああ,5月に行われる『藤見の宴』で必ず身につけよう。」
「あるんかい!?」




やれやれ,さすが四大貴族朽木家・・・年中行事の多いこと。
しかし,これで白哉に対して意趣返しが出来るというもの。
ギンの口角がにんまりと上がる。白哉は必ず自分のメッセージに気付く,ルキアは己のものだと言うギンからの挑戦状を―――。
くすくすと楽しげに嗤うギンをルキアは不思議そうに見つめた。
「何がおかしいのだ,ギン?」
「な―――んも。」
いたずらを成功させた少年のような笑顔でルキアを見た後,不意にギンは優しく笑った。
ルキアにしか見せない笑顔・・・恋人の顔・・・。




「それより,なぁルキアちゃん,もっぺん・・・。」
ギンのたくましい胸にルキアは再び抱き寄せられる。再び雪白の肌に咲かされてしまう桜花・・・
「あ・・・・」
ルキアの甘やかな吐息も,ギンの荒い息づかいも再び闇に溶けていく。
長い優しい夜,でも愛し合う恋人たちにとってはあまりにも短すぎる春の夜。








今宵,桜の花びらに酔いしれて――――










kokuriko様にいただきました!ラブラブなギンルキ…えぇなあ…

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